できないと思ったことができるのが楽しい。81歳の金型職人・岡本さんのチャレンジ精神

金属プレス加工や金型製作の現場で、長年仕事を続けてきた職人・岡本さん。
深絞り加工1や順送プレス2など、国内でも対応できる工場が年々少なくなっている分野を中心に、数多くの仕事を手がけてきました。

ZOLBONNEのスイッチプレート製作においても、岡本さんに金型設計・製作をお願いし、ともに作り上げてきました。製品の形状や強度、仕上がりに関わる細かな判断は、図面だけでは説明しきれない経験に支えられています。

本記事では、岡本さんが手がけた金型でプレス加工を行っていただいている市村プレス・永島さんと一緒に、ZOLBONNEのデザイナー・城田が、岡本さんがこれまでどのような仕事をしてきたのか、そして日本のものづくりがこれからどこへ向かっていくのかについて、話を聞きました。

「少しずつ攻める」81歳の金型職人が続けてきた仕事

城田
岡本さんは、この仕事を何歳から始められたんですか。

岡本さん
17ですね。
それからずっと金型の仕事だけ。今81だから、もう60年以上になります。

城田
今も現役で、金型を製作してらっしゃいますよね。

岡本さん
そうですね。
重たいものはクレーンを使うけど、どう作るかを考えるのは全部自分。
同じ品物を二回作ったことは、一度もないです。

城田
似た仕事でも、毎回条件が違うということでしょうか?

岡本さん
違いますね。
図面はあっても、途中の工程までは書いてない。
最終的な出来上がりのイメージだけ見せられて、「これを作ってくれ」って言われることもあります。
そこまでどう持っていくかは、経験で考えるしかない。

城田
岡本さんの仕事の取り組み方で一貫しているのは「一気にやらない」ことだと感じています。

岡本さん
そうです。簡単そうに見えるものほど、慎重になる。
「穴を開けるだけでしょう」って言われる仕事でも、大事なことを甘く見ると必ず失敗する。

城田
簡単だからこそ、難しい。

岡本さん
どこが大事かをしっかり見ながらやらないと、製品に怒られる。
「なんでそんな作り方をしたんだ」って。
だから、少しずつ攻める。材料の様子を見て、無理をしない。
簡単な仕事ほど、真剣に向き合うことが大切です。

永島さん
切れないように、割れないように、少しずつ。

城田
一方で、難しい仕事を頼まれることも多いですよね。

岡本さん
多いですね。普通なら断る仕事もあったと思います。
特に順送の場合は、膨大な工程を経て出来上がる製品を、何万個と作れるようにするわけですから。
一つでも工程が欠ければ、イメージした完成品は出来上がらないし、クレームにつながってしまう。

でも、どうやったらできるかを考えるのが、この仕事。
工程の図面はなく、頭の中で組み立てて、試して、また考える。
それを繰り返して形になったときは、「ああ、やればできるんだな」って自信がつくんです。

永島さん
これまで岡本さんと一緒にお仕事してきた中でも、たくさん難しい仕事があったと思います。
これまでに作られてきた型を改良して、新たな製品の工程に組み込んでらっしゃったりもして、それは画期的なことだなと。

城田
一つ一つ金型を新しく作ってもらおうとすると、とても高価になってしまうじゃないですか。そこで岡本さんから「この型をこう使うとできるよ」とアドバイスをいただいたりもしました。こうして作られていく様子を追っていくと、岡本さんのお仕事には価値以上の価値をより一層感じています。

岡本さん
結局、それが面白くて、ここまで続いてきたんだと思います。

材料は同じじゃない。仕事も同じにならない

城田
岡本さんの話を聞いていると、「同じ材料」という考え方自体が、あまり当てはまらない世界なんだなと感じます。

岡本さん
当てはまらないですね。同じアルミでも、全然違う。
JIS規格3の中でも、規格の中には入ってるけど、硬さも粘りも違う。
前は絞れた材料が、今回は全然ダメ、なんてこともありますから。

最近は外国の材料も増えてきたけど、
材料がちょっと違うだけで、切れたり、割れたりする。
重絞りになると、特に難しいですね。

城田
図面上では同じ条件に見えても、実際は違うのでしょうか。

岡本さん
違います。
数字だけ見て判断すると、必ずどこかで無理が出ますね。

城田
以前、真鍮のベルの話をされていましたよね。
形で音が変わる、という。

岡本さん
変わります。
このアールが少し違うだけで、音の高さも伸びも全然違ってきて。
深く絞れば響きは良くなるけど、一回でやらないとダメな場合も多い。

城田
この仕事の場合は、工程を分けると、逆に品質が落ちるということですね。

岡本さん
ショックラインが出るから。
二回やると、必ず線が残るんです。それをどう判断するかは、やったことがあるかどうか。経験が左右します。

城田
途中で間違えたら、取り返しがつかない仕事ですね。

岡本さん
はい。だから、最初の判断が大事になります。図面通りには作れても、
「ここは逃がしたほうがいい」とか、「これは一気にやらないほうがいい」とか、そういう判断は経験でしか身につかないということです。

城田
数字や規格では測れない部分ですね。

岡本さん
そうです。仕事は同じにならないし、材料も同じにならない。
そこを分かってないと、続かない世界だと思いますね。

10年後、日本の金型職人は半分以下になる

城田
さっきのお話を聞いていて、どうしても避けられない話だと思ったんですが、この仕事をする人自体は、今後どうなっていくと思われますか。

岡本さん
減ると思いますね。
10年後、20年後には、今の半分以下になると思っています。

城田
やはり後継の問題が大きいですか。

岡本さん
そうですね。覚えたら、大きな資産になる仕事だとは思うんですよ。

城田
資産になるのは間違いないですが、その分難しさがある仕事。担い手が増えないのは、どこがネックなのでしょうか。

岡本さん
図面通りに作るだけなら、比較的早くできるようになります。けど、さっき言ったように、プレスの工程で「これは無理だ」とか「ここは逃がしたほうがいい」とか、そういう判断ができるようになるまでには、10年、20年かかります。

城田
簡単に引き継げるものではないということですね。

岡本さん
はい。経験しないと分からないことが多すぎると思います。
それに、今は機械も仕事も、どんどん海外に出て行ってしまって。
台湾、韓国、中国、ベトナム。日本でやっていた仕事を、日本人が向こうに行って教えて、今は向こうで普通にできるようになっている。

城田
国内でやる理由が、だんだん薄れてきているということでしょうか。

岡本さん
そうです。数が出る(数量の多い)仕事は、特にそうですね。
さらに順送プレスのように、工程をまとめて無人で回せる仕事は、条件さえ揃えられれば、海外のほうがどうしても安くなりますから。

城田
それでも、メイドインジャパンのブランドは強いと思っています。日本にしかできない仕事は残っていると思うのですが。

岡本さん
残ってはいます。でも、それをやれる人が少ない。
若い人が悪いわけじゃないと思います。覚えるまでに時間がかかるし、途中で「合わない」と思ったら、長く続けるのは大変な仕事だから。

城田
岡本さんの代で途絶えてしまうところがかなり大きいと。

岡本さん
そうですね。特別なことが起きなくても、少しずつ担い手は減っていくと思います。

それでも、この仕事は続いている

城田
ここまで厳しい話も多かったですが、それでも岡本さんのところには、今も仕事が来ていますよね。

岡本さん
来てますね。全部が減ってるわけじゃないんです。

城田
例えば、どういう仕事が残っているんでしょうか。

岡本さん
簡単じゃない仕事ですね。他で断られたものとか、ちょっと癖のあるもの。
深絞りみたいに、工程をどう組むか考えないと成り立たない仕事は、今でもできるところが少ないから、結果的に声がかかります。

城田
ZOLBONNEのスイッチプレートも、まさにその「簡単じゃない仕事」だったと思います。

岡本さん
こちらもね、最初から楽な仕事じゃなかったですね。
形もそうだし、強度も必要だったし、途中で「やっぱりやめよう」と思えば、やめられたと思います。でも、やると決めた以上は、どうやったら成り立つかを考えるだけなので。

城田
図面だけでは説明できない部分が多かったですね。

岡本さん
多いです。だから現物を見ながら話すことになります。「ここは曲げたほうがいい」とか「ここにビード4を入れたほうが強くなる」とか、そういうのは、計算というより経験ですね。

城田
最近はAIの話もよく出ますが、この仕事はどうなっていくと思われますか。

岡本さん
AIでできることは、増えると思います。設計の補助とか、条件出しなどはね。
でも、「ここは危ない」とか「これは一回でやらないほうがいい」とか、そういう判断は、しばらくは人の仕事じゃないかな。

城田
経験の部分ですね。

岡本さん
そうです。失敗した経験も含めての判断ですから。

城田
そうした経験が積み上がっている町工場の良さがなくなっちゃったら悲しいです。職人たちの人柄も含めて。ちょっとなんか味気ないなと。
岡本さん、永島さんは、今後についてどう考えていますか。

永島さん
我々も頑張っていろいろ作っていきますんで、岡本さんもやめないでくださいねって思っています。

岡本さん
いつまでやるかは、正直わからないです。
体力の問題もありますし。でも、今のところは、「これはできない」と言うつもりはありません。
頼まれる仕事があって、自分で手を動かせるうちは続けたい。
特に使命感があるわけじゃないんですが、ただ、今までやってきたことを、続けていくだけだと思います。


岡本さんの話は、「日本のものづくりはどうなるのか」という問いに、
明確な答えを出すものではありません。

職人が減っていること。
技術の継承が難しいこと。
仕事が海外に移っていること。
それらはすべて、すでに起きている事実です。

一方で、今も必要とされる仕事があり、それに向き合い続けている人がいることも、同じく事実です。

ZOLBONNEのスイッチプレートも、そうした現場の積み重ねの中から生まれています。

なくなりつつあるからこそ、知っておきたい仕事がある。
このインタビューが、その一端を伝えるきっかけになれば幸いです。

オカモトさんの金型で永島さんがプレスして出来上がった取付枠〈鋼の芯〉
〈鋼の芯〉を使用している製品
  1. 深絞り加工
    金属板を一度に大きく変形させ、筒状や立体形状に成形する加工方法。材料の性質や工程設計によって仕上がりが大きく左右され、割れや歪みが起きやすいため、経験と判断が強く求められる。 ↩︎
  2. 順送プレス
    一つの金型の中で、材料を少しずつ送りながら複数の加工工程を連続して行う方式。
    工程をまとめて無人化しやすく、数量が出る仕事では高い効率を発揮する一方、工程設計の難易度は高い。 ↩︎
  3. 日本産業規格(JapaneseIndustrialStandards)。日本国内で使われる工業製品や材料、試験方法などについて、品質・性能・寸法・安全性などの基準を統一するための規格です。 ↩︎
  4. ビード加工
    金属板に筋状の凹凸を入れることで、薄い材料でも強度や剛性を高める加工。 ↩︎